以前470のデザインについての解説をしたところ非常に好評でしたので、今回は420のデザインについての解説をしていこうと思います。
新型ピアソン470は何が新しいのか①
新型ピアソン470は何が新しいのか②
ピアソン420は2021年にリリースされましたが、設計自体は2019年頃に開始していました。
当時のPMJのラインナップは470(旧型)とスナイプ(Ninja2)で、3DCAD(三次元コンピュータ支援設計)ソフトを用いて建造する船としてはスナイプ(Ninja2)に継ぐ2艇種目でした。
とは言え自社で3DCADソフトを導入してからは最初の艇種であった(スナイプは外部デザイナーがメインで設計していた)ため、PMJとしてはとても大きな挑戦でした。
↑よく見る420級の形になったデータ。まずは各パーツの外観のデータを作り、その後データ一つ一つのモールド(型)の設計をしていく。
↓マストパートナーの例。右から初期デザイン、確定デザイン、モールドデザイン。初期デザインはカーブを多く用いデザイン性は高かったが強度解析のソフトで解析したことろマストからかかる過重に対して強度が十分でなかったのであえなく却下となった。確定デザインになったことで強度は十分になり、さらに製造の際のガラス積層や不要部分のカットがより容易になった。
ピアソン420のコンセプトは大まかに;
ユースセーラーが毎日、雑に扱っても永く保つ
多くのユースセーラーが苦手意識のある強風コンディションで走りやすい
以上の2点です。
これらのコンセプトにマッチした船にするために、主にそれまで私達が製造していたピアソン470のノウハウと、他メーカーの船の研究をしました。
それまで私達が製造していた470級やスナイプ級とは異なり、420級のルールは製造方法や補強の位置などがそれほど細かく決められていないので、様々なアイディアを検討する必要がありました。こういうポイントはいつも420に載っている選手や、指導者の方も、ハッチの中を見たときや船を触ったときの感触で感じたことがあるのではないでしょうか。
1つ目のコンセプト【永く保つ】という観点では、古い420級を見たときにスキッパー、クルーの乗艇位置のサイドデッキがひどく破損している船が多く見受けられたので、特にその部分に関して強度を保てるように厚みを増して強くしました。ただ420級は軽風ではスキッパーがブライダルの前まで乗り、強風のジャイビングやリーチングではトランサムギリギリまで下がって乗ることがわかり広範囲の補強が必要になり重量増の問題が発生してしまいました。これは船の原料であるガラスと樹脂の割合を適正にすることで解決することに成功しました。
2つ目のコンセプト【強風コンディションで走りやすい】はピアソン470のデザインである程度傾向がわかっていたので、それをベースにハルラインを決定しました。またこの時点までに、「机上の理論で完璧に走れるであろう船は実際のセーラーが完璧なトリムをした時のみ走れる船で、セーラーのミスを許容できる範囲が非常に狭い船である」事がわかっていたので、ある程度ヒールをしていても走りやすい船とは?などといった未熟なセーラーも含めた想定をしました。
ハルライン以外にも波によるハルへのパンチング、テンションを掛けたときの船の歪み、マストを支えるマストパートナー、シュラウド(サイドステー取付部)、ヘッドステー取付部なども強風の走りには影響するので各部分の補強をしていきました。その結果クローズはもちろん、スピンを揚げたフリーでの走りが他を寄せ付けない仕上がりになりました。
それではここからは写真つきでピアソン420の解説をしていきます。
↑マストを支えるマストパートナー、シュラウド、ヘッドステーは強固に作っている。シュラウドの形状、ヘッドステーの取り付け方はより大きな荷重がかかる470を参考にしている。写真はシュラウド下部。この部分には硬度の高い素材を使用している。
↑マストパートナーはマストを固定する非常に重要な部分である。ここが強固でないと風の力がマストから逃げてしまう。そのためマストとマストパートナーのガタ止めもしっかりと行う必要がある。
PMJはこの部分の強度が重要であると考え形状、構造を総合的に工夫して人がマストパートナーの上に乗ってもびくともしないレベルまで強度を増すことができた。
(※通常は乗る場所ではないので乗らないでね)
↑ウォーターブレークを高く・長く・厚くすることでマストにテンションを掛けたときに船がすぼまってしまうような力により耐えることができる
↑独特なフォアデッキの形状によりスピンバケツの開口を大きく取れる。既存の420級でとても小さなスピンバケツよく見られたが、これによりクルーワーク向上に繋がるだろう。
↑独自のカップリング(ハルとデッキの接合工程)方法を取ることでデッキ、ハルのズレが少なく、ガンネルの厚みも一律になっている、またガンネルの形状を工夫することでラッシングを強く掛けても壊れづらい。(※420級のリブは470級のものとは許可されている素材が異なるため物理的にやや弱い)
↓さらにカップリングが左右対称になることでマストがシュラウド、フォアステーに対してもまっすぐ立つことになる。さらにその精度を上げるためにマストステップの取り付け位置はシュラウドと同じデッキ側のモールドで整形されている。
↑フォアデッキのバルクヘッドについているインスペクションハッチは凹凸のあるデザインになっていてそれ自体にも強度があるようになっている。このエリアはマストステップ(=大きな荷重がかかる場所)に近い位置ということもあり船の強度に大きく関わってくる。
↓470級はフォアデッキ内部に大きな板が前後方向縦向きに入っているので縦方向の力に強いが、420級はフォアデッキ内が空っぽ(470のような補強がつけられない)ので如何にこの部分を強くするか各メーカーによってアプローチが異なる。
↑420級で特徴的なのがジブカムの取付方法、ジブリーダーがなく、リードされる場所はパーツを取り付けた人がしっかりと左右対称に付けてくれていないと、その船のジブの左右の形は異なるものになってしまいます。それを防ぐためにモールド(型)に取り付け位置の印がついていて常に同じ場所にパーツが取り付けられるようになっています。この印はモールドを機械で削り出すときに付けている印で誤差はないものと考えてよいでしょう。
↑サイドデッキは補強がふんだんに使われていて乗員の体重はもとよりボディーパンピングやロッキングなどの負荷にも耐えるようにしています。テスト艇の建造から1年以上経っていますがピアソン420でサイドデッキにクラックが入ったという話はまだ聞いていません。
↑キールソンは大きく面を有効に活用して船の"背骨"の役割を果たしています。
↑トランサムはラダーの力を船に伝える場所です。横長な箱の様な形になっていて、中身が詰まっているので強度があります。ラダーストックは英国のパーツメーカーALLEN BROTHERSとPMJの共同開発の専用ラダーストックが付きます。
以上が画像付きの解説でした。
企業秘密の部分もあって一つ一つあまり詳しく書くことはできませんが大まかにはこの様な感じです。
ここまでのデザインに加えて、PMJでは製造に使用しているガラスはすべて裁断機によって裁断、さらにすべての裁断パターンの面積から一枚のガラスに何グラムの樹脂を含ませるかを計算で割り出し製造に役立てています。
↑420の裁断パターンの一部
↑一枚毎の樹脂量を割り出す。これにより一律の厚み、バランスになる。さらに1艇1艇のばらつきも少なくできる。
自分で書くのもなんですが、ディンギーを作っているメーカーでここまで細かくディンギーを作っている所はなかなかないと思います。
この他にも補強に使うベニヤ板を自動でカットするCNCトリマー(コンピュータ数値制御トリマー)なども駆使して「手作りだからばらつきがあっても当たり前」なディンギーではなく、「左右対称で品質にバラつきのないのが当たり前」を目指して日々改良、改善しつつ製造を行っています。
これはこの記事を書いている中の人のお願いですが、これらのデータ作りや、船作りに仕事として興味がある人がいれば是非教えてもらえると嬉しいです。こういったデータを作るのには非常に時間と労力、専門的な知識が必要になりますが、少しずつ形になっていくのを見るととてもやりがいがあることだと思います。
それではここまで読んでいただきありがとうございました。
こんなことについてもブログの記事を書いてほしい!などリクエストありましたら遠慮なくご連絡ください。次回のブログは未定ですがお楽しみに。
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